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「デフレ期における価格の硬直化 原因と含意」
Abstract
我が国では 1995 年から 2013 年春まで消費者物価(CPI)が趨勢的に低下するデフレが続いた。このデフレは,下落率が毎年 1%程度であり,物価下落の緩やかさに特徴がある。また,失業率が上昇したにもかかわらず物価の反応は僅かで,フィリップス曲線の平坦化が生じた。デフレがなぜ緩やかだったのか,フィリップス曲線がなぜ平坦化したのかを考察するために,本稿ではデフレ期における価格硬直性の変化に注目する。本稿の主なファインディングは以下のとおりである。第 1 に,CPI を構成する 588 の品目のそれぞれについて前年比変化率を計算すると,ゼロ近傍の品目が最も多く,CPI ウエイトで約 50%を占める。この意味で価格硬直性が高い。この状況は1990 年代後半のデフレ期に始まり,CPI 前年比がプラスに転じた 2013 年春以降も続いている。米国などでは上昇率 2%近傍の品目が最も多く,我が国と異なっている。これらの国では各企業が毎年 2%程度の価格引き上げを行うことがデフォルトなのに対して,我が国ではデフレの影響を引きずって価格据え置きがデフォルトになっていると解釈できる。第 2 に,1970 年以降の月次データを使って,前年比がゼロ近傍の品目の割合と CPI 前年比の関係をみると,CPI 前年比が高ければ高いほど(CPI 前年比がゼロからプラス方向に離れれば離れるほど)ゼロ近傍の品目の割合が線形に減少するという関係がある。インフレ率が高まると価格を据え置きに伴う機会費用が大きくなるためと解釈でき,メニューコスト仮説と整合的である。この結果を踏まえると,1990 年代後半以降の価格硬直化は,CPI 前年比の低下に伴って内生的に生じたものであり,今後 CPI 前年比が高まれば徐々に伸縮性を取り戻すと考えられる。第 3 に,シミュレーション分析によれば,長期にわたってデフレ圧力が加わると,実際の価格が本来あるべき価格水準を上回る企業が,通常よりも多く存在する状況が生まれる。つまり,「価格引き下げ予備軍」(できることなら価格を下げたいと考えている企業)が多い。一方,実際の価格が本来あるべき価格水準を下回る「価格引き上げ予備軍」は少ない。この状況では金融緩和が物価に及ぼす影響は限定的である。我が国では,長期にわたるデフレの負の遺産として,「価格引き下げ予備軍」が今なお多く存在しており,これを一掃するのは容易でない。
Introduction
我が国では 1990 年代半ば以降,消費者物価(CPI)が下落する傾向にあり,デフレーションが続いてきた。デフレからの脱却を目指し,政府と日本銀行はいくつかの施策を実施してきた。1999 年から 2000 年に日銀の政策金利であるコールレートをゼロに下げる「ゼロ金利政策」を採用したのに続き,2001 年から 2006 年には「量的緩和政策」を行った。最近では,2013 年1 月に物価上昇率の目標値として CPI 上昇率2%を掲げる物価目標政策を開始した。さらに2013 年 4 月には 2%の物価目標を 2 年以内に達成するとアナウンスし,その実現に向けてベースマネーの量を 2 年間で 2 倍にする「量的・質的緩和政策(Quantitative Qualitative Easing,QQE)」を開始した。